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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)1881号 判決

主文

一  原判決及び大阪地方裁判所岸和田支部平成元年(手ワ)第三二号約束手形金請求事件の手形判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文同旨。

第二  事実関係

一  請求原因

1  被控訴人は、別紙手形目録記載のとおりの約束手形二通(以下「本件各手形」という。)を所持している。

2(一)  控訴人は、本件各手形の振出日・受取人の各欄を白地とし、その補充権を授与して、本件各手形を振り出した。なお、振出し当時の本件各手形の満期は、昭和五九年九月二〇日と記載されていた。

(二)  本件各手形の満期の昭和五九年九月二〇日ころ、控訴人と被控訴人は、本件各手形の満期の記載を抹消して、満期欄白地の手形とすることを合意した。

3  被控訴人は、平成元年六月初めころ、本件各手形の満期欄を「平成元年九月一日」と補充した。

4(一)  被控訴人は、本件各手形に拒絶証書作成を免除して裏書をした。

(二)  本件各手形を所持していた明広企画こと江森誠一は、平成元年九月一日、本件各手形を支払場所に呈示した。

(三)  被控訴人は、平成元年九月二日、江森に対し、本件各手形金合計五〇六万円を支払って本件各手形を受け戻した。

5  被控訴人は、平成元年九月五日ころ、本件各手形の振出日欄を「昭和五九年七月二〇日」と、受取人欄を「株式会社谷口金属熱処理工業所」と補充した。

6  よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件手形金合計五〇六万円及びこれに対する受戻しの日である平成元年九月二日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の各事実は否認する。本件各手形は、後日完成手形となることが予定されていない手形(不完全手形)である。

3  同3ないし5の各事実は不知。

三  (仮定)抗弁

1  (信託法違反)

本件各手形は、控訴人が谷口登に振出交付したものであるところ、谷口登は、被控訴人に対し、本件訴訟をさせることを目的として、本件各手形を譲渡した。したがって、右譲渡は、信託法一一条の規定により無効である。

2  (時効)

(一) 本件各手形は、昭和五九年七月二〇日ころ、控訴人が振出交付したものであるところ、本件各手形の振出日・受取人各欄の白地が補充されないまま白地補充権の消滅時効期間が経過した。

(二) 控訴人は、右時効を援用する。

3  (白地補充権の濫用)

控訴人は、被控訴人との間で、本件各手形の満期欄の白地に数か月先の双方の合意する日を補充する合意をした。しかるに、被控訴人は、その合意に反する補充をなした。

4  (貸手形)

本件各手形は、控訴人が被控訴人に貸与したものである。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件各手形金の支払義務がない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。なお、本件各手形の振出交付を受けたのは被控訴人である。

2  抗弁2の事実のうち、本件各手形が昭和五九年七月二〇日ころ振り出されたものであることを認める。しかし、同年九月二〇日ころ控訴人と被控訴人が本件各手形の満期の記載を抹消し、本件各手形を満期欄白地の手形とすることを合意した際、本件各手形は、改めて流通に置かれたものである。

したがって、白地補充権の時効の起算日は、右合意の日になる。

3  抗弁3及び4の各事実は否認する。なお、本件各手形は、被控訴人の控訴人に対する貸金の支払のために振り出されたものである。

第三  当裁判所の判断

一  請求原因の1及び2(一)・(二)について

1  請求原因1(本件各手形の所持)の事実は、被控訴人が本件各手形を甲一、二号証の各一・二として提出したこと及びその各手形上の記載によって認めることができる。

2  証拠(原審における控訴人・被控訴人代表者)によれば、請求原因2の(一)(振出日・受取人各欄白地手形の振出)及び(二)(各満期欄を白地とする合意)の事実を認めることができる。

二  抗弁2について

1  本件各手形が昭和五九年七月二〇日ころ振り出されたものであることは、当事者間に争いがない。

2  白地手形の補充権を行使すべき時期については、満期の記載のある手形とない手形とでは相違がある。①満期の記載のある白地手形については、その白地補充権は、手形上の権利と別個独立に時効によって消滅するものではなく、手形上の権利が消滅しないかぎりこれを行使し得るものと解すべきであるところ(最高裁判所昭和四五年一一月一一日判決・民集二四巻一二号一八七六頁参照)、約束手形の振出人に対する関係では、その振出人に対する手形債権の時効期間の経過前、すなわち、手形記載の満期から三年内に補充しなければならない(大審院大正九年一二月二七日民録二六輯二一〇九頁参照)。②満期の記載のない白地手形は、補充権の消滅時効完成前に補充しなければならず、補充権の消滅時効期間は、商法五二二条の「商行為に因りて生じたる債権」の規定の準用により五年と解される(最高裁判所昭和三六年一一月二四日判決・民集一五巻一〇号二五三六頁参照)。なお、補充権の消滅時効の起算日は、白地手形の振出交付日と解するのが相当である。

3  ところで、本件各手形は、振出当初は満期の記載のある振出日・受取人白地の手形であったものが、その後の振出人と受取人(所持人)との合意により、満期も白地となったものである。このような白地手形につき、補充権を行使すべき時期が問題となるが、証拠(原審における控訴人・被控訴人代表者、弁論の全趣旨)によると、控訴人と被控訴人は、本件各手形の満期の昭和五九年九月二〇日ころ、控訴人の履行可能な然るべき時期まで本件各手形の満期を延期する趣旨で満期欄を白地としたものと認められ、この満期欄を白地とする合意により、新たな手形行為がなされたと解すべき特段の事情の認められない本件においては、当初から満期が白地であった約束手形と同視し、本件各手形の白地補充権は振出交付日から五年の消滅時効にかかるものと解するのが相当である。したがって、振出交付日から五年内に白地補充がなされることを要する。しかるに、本件各手形の振出交付日から五年が経過する前に満期欄の白地補充はなされたが、振出日・受取人の各欄の白地補充が本件各手形の振出交付日から五年経過後になされたことは、被控訴人の主張に徴して明らかである。

4  控訴人の右時効援用の事実は、当裁判所に顕著である。

三  そうすると、その余の判断をするまでもなく、被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきである。

よって、原判決及び手形判決は失当であり、本件控訴は理由がある。

(別紙)

手形目録

1 2

金額 二〇〇万円 三〇六万円

満期 平成一年九月一日 同上

支払地 高石市 同上

支払場所 泉陽信用金庫高石支店 同上

振出日 昭和五九年七月二〇日 同上

振出地 和泉市池田町下町三一三 同上

振出人 藤原土木藤原安雄 同上

受取人 株式会社谷口熱処理金属工業所 同上

第一裏書人 同右 同上

被裏書人 明広企画代表者江森誠一 同上

第二裏書人 同右 同上

被裏書人 (白地) 同上

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